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大阪高等裁判所 昭和55年(ネ)16号 判決

控訴人

株式会社 日設

右代表者

児玉秀雄

右訴訟代理人

秋山英夫

被控訴人

阪急住宅株式会社

右代表者

赤堀幹夫

右訴訟代理人

森川清一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判〈省略〉

二  当事者の主張及び証拠関係〈中略〉

1  控訴人の主張

(一)  手形法七七条・六九条の趣旨は、手形が変造された場合、そのために義務者に不利益に加重された責任を負わせることができないというものである。したがつて満期の変造は、これが早めてなされた場合には義務者に不利益であるから、これに基づき義務者に責任を負わすことはできないが、これが遅らせてなされた場合には義務者になんら不利益はないから、手形の表見主義・形式主義により変造された満期に従つて義務者の責任を決すべきである。ところで本件手形の満期の変造は、「昭和五〇年一月三一日」を「昭和五三年一月三一日」に遅らせたというものであつて、振出人である被控訴人に不利益に改ざんされたものでなく、また控訴人は右改ざんを知らず早く手形を入手しながら満期の到来を待つてこれを呈示したのであるから、時効期間の算定にあたつては右変造された満期を基準にすべきである。

(二)  時効中断事由である請求は裁判上のものを除き相手方に到達しなければ効力を生じないことはいうまでもないが、右請求期間内になされれば、その到達は右期間内である必要はなく、その経過後でも中断の効力を生ずるものである。すなわち、右請求についてはその不到達を解除条件として右表示行為自体によつて時効中断の効力を認めるべきである。そうすると、控訴人は右時効期間内に本件手形を取立銀行に取立委任して権利を行使し、これが手形交換所に呈示されている以上、右呈示が時効期間外であつても、前記解除条件の不成就により時効中断の効力を生じ、そしてその後六か月内に本件訴が提起されたことにより右中断の効力は確定した。

2  被控訴人の主張

時効中断事由としての請求は裁判上のものを除きこれが相手方に到達した時中断の効力を生ずるもので、右は判例・学説上確立し異論をみないものである。控訴人の主張が失当であることは多言を要しない。

理由

一満期の記載が振出時のものであるとの点を除き、請求原因事実は当事者間に争いがない。

二〈証拠〉によると、本件手形は被控訴人によつてその満期を「昭和五〇年一月三一日」と記載されたうえ、受取人石田清次に対し振り出し交付されていたところ、その後振出人の意思によらず満期が「昭和五三年一月三一日」と変造されていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

三被控訴人は、控訴人の被控訴人に対する本件手形債権につき、時効を援用してその消滅を主張するので判断する。

本件手形の満期が振出後変造されたことは前記認定のとおりであるから、右手形の振出人である被控訴人は手形法七七条一項七号・六九条により、原文言すなわち変造前の満期である昭和五〇年一月三一日により振出人としての責任を負うことになり、したがつて控訴人の被控訴人に対する手形債権については同法七七条一項八号・七〇条一項により同日から三年間後である昭和五三年一月三一日の経過をもつてその消滅時効期間が満了したことになる。

控訴人は手形法七七条・六九条は手形を変造された場合、そのために義務者の責任を不利益に加重しない趣旨であるところ、本件手形のように満期を遅らせて変造されたとすることは振出人である被控訴人にむしろ利益であるから、右変造後の満期をもつて時効期間を起算すべきである旨主張する。しかし、同法右各条は変造前に手形に署名した者は原文言に従つて責任を負い、右変造によつてその責任を利益に軽減されることも、また不利益に加重されることもないことを定めたもので、不利益に加重しないことのみを定めたものでない。そしてまた手形債権者が取得に際して変造の事実を知らなかつたというようなことも右責任に影響を及ぼすものではない。なお控訴人の主張によると、満期を遅らせて変造されることは振出人の支払がそれだけ猶予される点で同人に利益とはなるが、一方消滅時効によつて債務を免れる時期がそれだけ遅れる点で不利益となり、首尾一貫しない。

したがつて控訴人の主張は採用できない。

四控訴人は、右時効につき中断事由を主張するので判断する。

本件手形が変造後の満期である昭和五三年一月三一日取立金融機関に取立委任裏書し、翌二月一日支払のため呈示されたことは、当事者間に争いがない。

右事実によると、本件手形について控訴人から請求がなされたのは、支払呈示のあつた昭和五三年二月一日であるところ、同日が時効期間経過後であることは明らかであるから、控訴人の時効中断の主張は理由がない。

控訴人は、時効中断事由である裁判外の請求はその意思通知行為(取立委任)自体が時効期間内になされれば、その不到達を解除条件として時効中断の効力を生じ、これが時効期間内に相手方に到達することを要しない旨主張する。しかし右請求(意思通知)は、訴提起のように明文の規定(民訴法二三五条)のある場合を除き、意思表示の場合と同様これが相手方に到達したときその効力を生ずる(民法九七条一項)ことは明らかである。控訴人の主張は独自の見解であつて採用できない。〈以下、省略〉

(村瀬泰三 高田政彦 古川正孝)

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